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韓国の「于山島→石島→独島」への名称変換に関する研究―勅令四一号の「〝石島〟=独島」の検証―
https://chuo-u.repo.nii.ac.jp/records/7465
https://chuo-u.repo.nii.ac.jp/records/7465a589bb0e-0ad4-4bac-a11a-7d08bd5ba9ff
名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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![]() |
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Item type | 紀要論文 / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||||
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公開日 | 2016-07-05 | |||||||
タイトル | ||||||||
タイトル | 韓国の「于山島→石島→独島」への名称変換に関する研究―勅令四一号の「〝石島〟=独島」の検証― | |||||||
タイトル | ||||||||
タイトル | The Sutdy on Name Modification of the Korea Island, ‘Usando → Seokdo → Dokudo’ | |||||||
言語 | en | |||||||
言語 | ||||||||
言語 | jpn | |||||||
キーワード | ||||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | 于山島 | |||||||
キーワード | ||||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | 石島 | |||||||
キーワード | ||||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | 独島 | |||||||
キーワード | ||||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | 勅令四一号 | |||||||
キーワード | ||||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | 輿地島 | |||||||
キーワード | ||||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | 広輿島 | |||||||
キーワード | ||||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | 朴世堂 | |||||||
キーワード | ||||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | 安龍福 | |||||||
キーワード | ||||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | 李奎遠 | |||||||
キーワード | ||||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | 李浚明 | |||||||
キーワード | ||||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | 朴錫昌 | |||||||
キーワード | ||||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | 裵季周 | |||||||
資源タイプ | ||||||||
資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||||
資源タイプ | departmental bulletin paper | |||||||
著者 |
崔, 長根
× 崔, 長根
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著者別名(英) | ||||||||
識別子Scheme | WEKO | |||||||
識別子 | 40447 | |||||||
姓名 | CHOI, Jang Keun | |||||||
言語 | en | |||||||
抄録 | ||||||||
内容記述タイプ | Abstract | |||||||
内容記述 | 本研究は、独島の名称が朝鮮初中期の「于山島」から一九〇〇年の勅令四一号の「石島」に変更された経緯について考察したものである。「勅令四一号」をもって「鬱陵全島、竹島、石島」鬱陵郡の管轄区域として行政措置がなされていた。ここで「石島」は今の独島のことをいう。しかし実際に古文献、古地図によると、朝鮮初期・中期は現在の独島を于山島と表した。ところが、朝鮮後期に入ると、「于山」という名称がどの島を指すのかという混乱を経験した。その過程を経て、日本人の不法的東海渡航が領土的主権侵害を憂慮して勅令四一号をもって領土を保全する措置を取った。その際に現在の「デッソム」は「竹島」という名称で完全に定着していた。また、今の観音島は「島項」という名称で定着していた。それから、今の独島は鬱島郡の行政名称では「独島」、中央政府の官撰の名称では「石島」として固着していた。これらのことから朝鮮初期の「于山島」が中期・後期には誤って「デッソム」のことを指したりしたが、最終的に朝鮮の朝廷が勅令四一号をもって問題の「于山島」という名称を完全に抛棄して「島」としたのである。その後日本が「竹島」という名称で編入措置を取った後、韓国はそれを否定した。 | |||||||
書誌情報 |
法学新報 巻 121, 号 9・10, p. 259-287, 発行日 2015-03-10 |
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出版者 | ||||||||
出版者 | 法学新報編集委員会 | |||||||
ISSN | ||||||||
収録物識別子タイプ | ISSN | |||||||
収録物識別子 | 0009-6296 | |||||||
権利 | ||||||||
権利情報 | この資料の著作権は、資料の著作者または学校法人中央大学に帰属します。著作権法が定める私的利用・引用を超える使用を希望される場合には、掲載誌発行部局へお問い合わせください。 | |||||||
フォーマット | ||||||||
内容記述タイプ | Other | |||||||
内容記述 | application/pdf | |||||||
著者版フラグ | ||||||||
出版タイプ | VoR | |||||||
出版タイプResource | http://purl.org/coar/version/c_970fb48d4fbd8a85 |